織田信孝
| ふりがな | おだのぶたか |
|---|---|
| ニックネーム | |
| ステータス | 活動中 |
| 誕生日 | 1558年 (25歳没) |
| 出生地 | 愛知県 |
| 没年月日 | 1583年06月19日 |
| 説明 | 織田信長の三男で、伊勢の神戸具盛の養子となった武将。四国攻めの総大将に任じられたが、出陣直前に本能寺の変が起こり、羽柴秀吉らと明智光秀を討った。清洲会議後は信長の孫・三法師を擁して岐阜城に入り、柴田勝家と結んで秀吉に対抗した。しかし賤ヶ岳の戦いで勝家方が敗れると孤立し、尾張で自害した。信長死後の織田家分裂を示す中心人物の一人である。 |
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