石山本願寺の退去

織田信長の時代

開始日 1580年04月18日
終了日 1580年09月10日
説明

天正8年(1580年)、正親町天皇の仲介によって織田信長と本願寺の講和が成立した。本願寺宗主の顕如は石山を退去し、抵抗を続けた長男・教如も同年中に退いたため、約十年に及ぶ石山合戦は終結した。

信長は畿内の最大級の対抗勢力を排除し、大坂という水陸交通の要地を掌握した。寺地は退去後まもなく焼失したが、焼失原因は確定していない。この地は後に豊臣秀吉が大坂城を築く政治・軍事・経済の中心地となり、近世大坂の発展へつながった。